蒼天の青 月の金
九龍の瞳が金から青に変わってから、物悲しそうにしている事が多くなった。アリスや李陵達の前ではいつも通りだが、理由を知っているアリスには時折見せるその顔は、見る度どうにかしてやりたいと思わずにはいられない。 「ちょっと出てくるわ」 そう言って出て行った九龍の背を見送る事しか出来なかった。
瓶の中に漂う冷青。 「―――あれ?」 ふと、そんな声が聞こえた。 「――――狼哭」 微かにだが耳に聞こえたその名に、九龍は再度目を見開く。 「初めまして。俺は影哭だよ」 「……影、哭?」 「狼哭と同じヴァンパイア」 「…っ!」 咄嗟に身構えた九龍に、今度は影哭が目を丸くした。 「仲間を殺された腹いせに殺しに来たんか?」 「…え?」 九龍の言葉に影哭は二・三度瞬きをすると、その顔に苦笑を浮かべた。 「そんな事しないよ」 「は?」 「意外?それより名前、いい?」 「…九龍」 「九龍ね、よろしく」 握手を求めるように手を差し出してきた影哭に、警戒心を解かないまま九龍も手を伸ばした。 「隣、いい?」 「あ、あぁ…」 「ありがとう」 少し間を空けて腰を落ち着かせ、チラリと九龍が影哭を見ればその目は瓶に向いていた。 「ちょっと…それ、貸してくれる?ちゃんと返すから」 言われるまま影哭に手渡す。 「こんな所にいたんだ…。助けてあげられなくてごめんね…」 「……………」 「……ありがとう。返すよ」 「……あぁ」 けれど受け取らず、手で押し返した。 「?」 「やっぱり…アンタが持っとって。仲間の方が安心するやろ」 「……そう。わかった。……………」 「影哭?」 「君がそんな顔してるって事は、狼哭から話し聞いたんだ?」 「あぁ…聞いた。双氷が狼哭に頼んで助けてくれたんやて。それなのに俺は…」 命の恩人とも言えるヴァンパイアを殺そうとした。 「最初は…眼帯で隠しとる目が元の青に戻る事を夢見とった。その夢が叶ったんや、本当なら喜ぶべきやのに……今は悲しくて堪らん…」 そっと眼帯をしている目を覆うように手を被せ、俯いたその顔は髪に覆われ見えない。 「なんだか…双氷みたい」 「は…?」 「双氷もよく泣いたり悲しい顔してた。だから今の九龍見てると双氷みたいだなって」 「………」 思わず上げた顔に零れ落ちそうな涙を見つけて、影哭の指が拭う。 「沢山の時間費やして悲しんでくれてありがとう。でもそろそろ前を向いて歩き出してくれないと、二人とも気が気でしょうがないかも。狼哭も双氷も優しい子だから」 「うん…そ、やな。影哭の言う通りや」 ぎこちないながら九龍の顔に笑みが浮かび、応えるように影哭も笑みを浮かべる。 「ありがとな、影哭のおかげで元気出たわ」 「そう。それなら良かった」 「なぁ……決めた事があるんや」 「何?」 「俺はフリーの魔狩人続けるけど、ヴァンパイアを狙うのは止める。人間に害を及ぼす魔物だけを狩る事にした」 「それは…」 「真実を知る者として力になりたい」 「………、ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」 出来ればそれを口にしたのがアリスであれば良かったとは言わず。 「それと…それ…影哭に譲る。片目で不便しとるかもしれんし」 「はは、そうかもね。じゃあ早い方がいいし、今帰してあげようか」 蓋を開け、中から眼球を取り出す。影哭の手のひらに乗ったそれを二人で見つめていれば、風に攫われ溶けるように消えて行った。 「容器は俺が処分しとくよ」 「ああ」 「また機会があったら話したいな。それまで元気でね、九龍」 「影哭も」 「うん、じゃあね」 身を翻し、森へと去っていく後ろ姿を見つめる。 END
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