蒼天の青 月の金


九龍の瞳が金から青に変わってから、物悲しそうにしている事が多くなった。アリスや李陵達の前ではいつも通りだが、理由を知っているアリスには時折見せるその顔は、見る度どうにかしてやりたいと思わずにはいられない。
一人でいる時はどこか遠くを見て、もしかしたら逝ってしまうんじゃないかと錯覚してしまう。

「ちょっと出てくるわ」

そう言って出て行った九龍の背を見送る事しか出来なかった。


いつから自分はこんなに女々しくなったのか…。
アリスと狼哭と三人で言葉を交わしたメルヴェイユの丘。そこに九龍は立っていた。
ここにいると全てが思い出される―――何もかも。
いたたまれなくなるが、まだ帰りたくはない。遺跡近くに座れる場所を見つけ、そこに腰を下ろした。
ここにくる前に家に寄り、持ってきたものを取り出す。見つからないよう、服の中に隠して持ってきたものだ。

瓶の中に漂う冷青。
こんなものをいつまでも持っているのは悪趣味かもしれない。それでも九龍にとっては大切なものだ。
見ていれば色々な感情や言葉が胸に渦巻くも、出るのは溜め息だけで。

「―――あれ?」

ふと、そんな声が聞こえた。
思考の海から現実へと浮上し、慌てて顔を上げ周囲を見渡せば、少し離れた場所に黒髪の青年が立っていた。
きょとんとしてこちらを見ている。
咄嗟に隠そうとした時

「――――狼哭」

微かにだが耳に聞こえたその名に、九龍は再度目を見開く。
相手が近づいてくるのがわかっても目は釘付けになったまま、瞬き一つしない。
そうしているうちに目の前に立った。

「初めまして。俺は影哭だよ」

「……影、哭?」

「狼哭と同じヴァンパイア」

「…っ!」

咄嗟に身構えた九龍に、今度は影哭が目を丸くした。

「仲間を殺された腹いせに殺しに来たんか?」

「…え?」

九龍の言葉に影哭は二・三度瞬きをすると、その顔に苦笑を浮かべた。

「そんな事しないよ」

「は?」

「意外?それより名前、いい?」

「…九龍」

「九龍ね、よろしく」

握手を求めるように手を差し出してきた影哭に、警戒心を解かないまま九龍も手を伸ばした。

「隣、いい?」

「あ、あぁ…」

「ありがとう」

少し間を空けて腰を落ち着かせ、チラリと九龍が影哭を見ればその目は瓶に向いていた。

「ちょっと…それ、貸してくれる?ちゃんと返すから」

言われるまま影哭に手渡す。
片手に瓶を持ち、愛おしそうに瓶を撫でる。

「こんな所にいたんだ…。助けてあげられなくてごめんね…」

「……………」

「……ありがとう。返すよ」

「……あぁ」

けれど受け取らず、手で押し返した。

「?」

「やっぱり…アンタが持っとって。仲間の方が安心するやろ」

「……そう。わかった。……………」

「影哭?」

「君がそんな顔してるって事は、狼哭から話し聞いたんだ?」

「あぁ…聞いた。双氷が狼哭に頼んで助けてくれたんやて。それなのに俺は…」

命の恩人とも言えるヴァンパイアを殺そうとした。
知ってしまった今となっては後悔ばかりが襲う。

「最初は…眼帯で隠しとる目が元の青に戻る事を夢見とった。その夢が叶ったんや、本当なら喜ぶべきやのに……今は悲しくて堪らん…」

そっと眼帯をしている目を覆うように手を被せ、俯いたその顔は髪に覆われ見えない。

「なんだか…双氷みたい」

「は…?」

「双氷もよく泣いたり悲しい顔してた。だから今の九龍見てると双氷みたいだなって」

「………」

思わず上げた顔に零れ落ちそうな涙を見つけて、影哭の指が拭う。

「沢山の時間費やして悲しんでくれてありがとう。でもそろそろ前を向いて歩き出してくれないと、二人とも気が気でしょうがないかも。狼哭も双氷も優しい子だから」

「うん…そ、やな。影哭の言う通りや」

ぎこちないながら九龍の顔に笑みが浮かび、応えるように影哭も笑みを浮かべる。

「ありがとな、影哭のおかげで元気出たわ」

「そう。それなら良かった」

「なぁ……決めた事があるんや」

「何?」

「俺はフリーの魔狩人続けるけど、ヴァンパイアを狙うのは止める。人間に害を及ぼす魔物だけを狩る事にした」

「それは…」

「真実を知る者として力になりたい」

「………、ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」

出来ればそれを口にしたのがアリスであれば良かったとは言わず。

「それと…それ…影哭に譲る。片目で不便しとるかもしれんし」

「はは、そうかもね。じゃあ早い方がいいし、今帰してあげようか」

蓋を開け、中から眼球を取り出す。影哭の手のひらに乗ったそれを二人で見つめていれば、風に攫われ溶けるように消えて行った。
これで話はおしまいと言うように影哭が立ち上がる。

「容器は俺が処分しとくよ」

「ああ」

「また機会があったら話したいな。それまで元気でね、九龍」

「影哭も」

「うん、じゃあね」

身を翻し、森へと去っていく後ろ姿を見つめる。
吹っ切るように空へと視線を移したのち、九龍も立ち上がり街へと歩き出した。

END