First anniversary


「祭?」

いつものように漆黒の城の庭でお茶会をしていた時のことだ。元々落ち着きのある方ではないが、やけにソワソワしているアリスにどうかしたのかと黒耀が尋ねると、そんな答えが返ってきた。

「うん!で、黒耀たちにも是非参加してもらいたいんだ!」
「それは構わないが…随分と急な話だな。前回の会議でもそんな話は出ていなかっただろう?」
「あー…急で悪いかなとは思ったんだけどさ!夜に皆で屋台の食べ物食べたり、火を囲んで踊ったりとか楽しそうじゃん!…実は俺、お祭で遊んだことがなくてさー。それに皆で集まったりするのもずっとしてないだろ?」


アリスの言葉にまさか屋台の食べ物が目当てではあるまいな?と黒耀が苦笑を零す。
例えどんな場所で、どんな状況であっても食べ物を前にした時のアリスの顔は想像に難くない。アリスを知る者であれば幸せそうに頬張る姿を頭に思い描いて、笑みを浮かべることだろう。


「ち、違う…こともないけど…!けどっ、その、皆で楽しくしたいってのも本当で…!」
「ふふ…わかっているよ、冗談だ。先ほども言ったが私は構わないよ」
「良かった〜!そうと決まったらすぐに李陵に相談して…何とか間に合うかな…うん」
「うん?」
「あ…い、いや何でもないよ!じゃ、じゃあ俺これから李陵と相談したりしなきゃいけないから帰るね!お祭は今から1ヶ月後だから絶対きてくれよな!」

黒耀から了承を得てアリスは嬉しそうな顔で森へと向かう。
森へ入る前に鴇姫への挨拶と、ごちそうさまでしたーと元気良く叫ぶことも忘れない。

「やれやれ…あれから随分経つのに相変わらず落ち着きのない…」
「姉さん、アリスはもう帰ったのかい?」
「あぁ。…そうだ今アリスが言ってたんだが、祭を開くから参加してほしいそうだ」
「祭?…ふふ、アリスが屋台の売り物を頬張ってる姿が目に浮かぶね」
「だろう?あの子は本当に美味しそうに食べるから影哭や狼哭が作り甲斐があると言っていたな」
「あの2人、アリスが食べに来るようになって、更に料理の腕に磨きがかかってきてるよね。…それで、祭はいつやるか決まっているのかい?」
「1月後だそうだ。…アリスが唸りながら間に合うとか何とか言っていたが…」
「間に合う………?」

そう聞いて何か思い当たったのか、風哭はクスリと笑う。
風哭の笑いに首を傾げる黒耀へ、ふるりと首を振って何でもないよと返す。アリスが去っていった方を見つめ、あれからもうそんなに経つのかと風哭は感慨深げに目を細めた。

「ただいま、李陵!黒耀たちお祭に参加してくれるってさ!」
「お帰りなさい聖下…ってまさかお1人で森に入られたんですか!?」
「1人じゃないよ、クロが行きも帰りも一緒だったから」
「クロが、ですか…。ですが聖下、万一と言うこともありますから、せめて外出なさる時は私か九龍に一言…」
「うん、ごめん。今日は九龍が休みだって言うから探してたら、クロが来てさ。俺のこと引っ張って森の方へ行こうとするから大丈夫かなーと思って」
「はぁ…聖下もう少しお立場を言うものを…いえ、いいです。あまり時間も無いことですし、お説教は後にして話を進めましょうか」
「………後でお説教されるんだ、俺」
「はい、もちろんです」

ニッコリと音がつきそうな顔で笑う李陵にアリスは思わず目を逸らす。怖い。笑顔が以前にも増して怖い。
李陵が月鏡老となってから、以前ほど会う機会は減ったものの、アリスが城を無断で抜け出したりすると、何故か必ず部屋の前で待ち構えているのだ。笑顔で。
九龍も最近は女性関係が幾分大人しくなったらしく、その陰には李陵の無言の圧力があったからだと言う噂が花鏡の間でまことしやかに流れている。

李陵を除いて一気にいなくなってしまった月鏡老たちの穴を埋めるべく、日々奔走していたのは身近にいた者なら当然知っているし、家族としても鏡皇としても近くにいるアリスに、どれだけ李陵が尽力していたかなんてわかっている。
わかってはいるけれど…何だか間違った方向に日々逞しくなっていく自称兄が少しだけ恐ろしい。絶対にバレないようアリスも日々精進しているはずなのに何故毎回バレるのだろう。
そんなことを考え目が泳いでいるアリスに、笑顔を崩さないまま無言で訴える李陵。暫くしてアリスは両手を挙げて降参のポーズをとる。

「わかったよ。お説教はお祭が終わったあとに謹んでお聞きします」
「はい、良くできました」

今度は頭でも撫でてきそうな笑顔だ。同じ笑顔なのになーとブツブツと呟きながら本来の目的を思い出す。

「あ!それでお祭のことなんだけど…」
「えぇ。断りはしないだろうと思って大まかな話しは進めてあります」
「さすが李陵!よし、色々とやることも増えるけど、あっちの方も1ヶ月で何とか完成させなくちゃな」
「そうですね。そちらの方がメインですし…聖下と親しい花鏡たちにも協力してもらいましょうか?」
「うん!そっちは俺が直接話しするよ」

祭まで1ヶ月。時間はあるけれど、アリスには鏡皇としてしなければならない仕事も山積みだ。更にこの祭を開催する目的も達成させなければ、黒耀を誘った意味がなくなってしまう。

それからの1ヶ月は定期的に行っていた漆黒の城へも行くことが出来ないほど忙しかった。
黒耀たちへは準備が滞りなく進んでいることをしたためた手紙をラ・ファエルやファウストに持っていって貰ったりしていたが、息抜きに漆黒の城へ遊びに行くような暇は全く無く、あっと言う間に祭当日を迎える。

「黒耀!早く早く!あ、なんだろこれ…べっこー飴?ふ〜ん、これ美味しそうだなー。あ!あっちには綿菓子だって!すっげーフワフワしてる」

見たことのない食べ物を目にするたびに買い込んで、右へ左へ走るアリスを見て、屋台は逃げないよと漆黒が笑う。
興味のあるものを見つけては落ち着き無く動く様子を、まるで狼哭の子供の頃のようだと目を細める黒耀に気づかず、アリスは飽きもせずパクパクと食べている。

「はーーーーー食った食った!何かこうお祭ってだけで食べ物が美味しく思えるよなー」

満面の笑みを浮かべてお腹を擦る姿はどう見ても鏡皇には見えない。年相応―――むしろ年齢よりも若くみえる。
そんなアリスの満足そうな顔に黒耀もつられて笑みを浮かべる。

「黒耀は?お腹一杯になった?」
「うん?私はアリスが美味しそうに食べている姿だけで満足だったよ。よくもまぁあんなに次から次へと食べられるものだな」

そう呆れたように言って黒耀は、先ほどのアリスの姿を思い浮かべてくつくつと笑う。
食べ物を売っている屋台は全て制覇したのではなかろうかというほどアリスは食べていた。数歩進むたびに両手に持てる限りの食べ物を抱えて、黒耀の分を渡し、楽しそうに話しながらアリスの口の中に食べ物が消えていく。
あれはある種、魔法のようなものだな…ふむ、と黒耀は独りごちる。

「えー?あれぐらい普通だろ」
「…………………」

アリスの言葉に黒耀は無言で返すが、その顔には否定の意がありありと浮かんでいる。


祭もそろそろ終りを迎える時刻になり、人の波が少しずつ減ってきている。

「そろそろかな…?実は俺から黒耀にプレゼントがあるんだけど、ちょっと持ち運びできるサイズじゃなくて…」

黒耀の手を引き向かう先は、アリスの住まう城でもなく、祭の会場からも外れていく。
そして黒耀が連れられていった先には、背丈ほどの生垣で囲まれた場所だった。アーチをくぐるとそこには風哭たちや九龍たちが全員揃っている。
中央には香りの良いお茶とお茶菓子が所狭しと並べられていて、テーブルの横には何種類もの薔薇が咲いていた。

「………これは」
「へへ…気に入って、もらえたかな?」

「今日ってさ、黒耀が漆黒の城から出られるようになって、ちょうど1年だろ?だから何か記念になることをしたいってずっと考えてたんだ。けど、なかなか良い案が思いつかなくて…それで、息抜きにこのへんを探索してたら、その真ん中にあるピンクの薔薇を見つけたんだ」
「そうか…それで今日、祭を開くのに拘っていたのだな」
「うん!黒耀がこの地にきて、その…永い間眠らされて、仲間を喪ったりとか嫌なことが沢山あっただろう?でもここにきて良かったって思えるようなことを、これから一緒に増やしていけたら良いなと思って!」

黒耀の手を改めて握って、一緒に歩いていくって楽しいことや嬉しいことも共有するってことだよねと、照れくさそうにアリスが笑う。

「薔薇育てるの俺にはちょっと難しかったから、事情を説明して花鏡の人たちにも手伝ってもらったけど…。黒耀を喜ばせたいって言ったら皆、快く手伝ってくれたんだ」

どうかな?と黒耀の表情を窺うと、黒耀はどこか泣き出しそうな顔をしてアリスの方を向くと―――

「――――――」
「わっ、ちょ、黒耀!?」

突然柔らかい感触に包まれて、アリスは慌てふためく。が、耳に届いた『…ありがとう』と言う黒耀の言葉に、はにかむ様に笑って、大人しくされるがままになる。
そんな2人を皆が優しく見守り、夜の茶会には穏やかな空気が流れる。


「………ここでプロポーズでもしてくれれば完璧なのだがな」
「へ?プ、プロポーズ!?」
「喜びを分け合うとはそういうことだろう?ふふふ…こんな嬉しい贈り物は久々だったよ、アリス。今なら二つ返事で了承するんだがな」
「黒耀む、むむむ胸が…!!!!!」
「黒耀様、あまり聖下をからかわないでください」
「おや、私は至って本気だが」

アリスを抱きしめて李陵が苦笑しながらアリスのもとへとやってきた。
助かったとばかりに李陵に救いを求めたアリスだが、思いの外、強い力でガシッと肩を捕まれる。

「り、李陵?」
「はい、なんでしょう」
「えっと…何で俺、捕まえられてるの?」

祭の準備期間の間見ることのなかった、例のあの笑顔で李陵が笑っている。思い当たることは多々あるが、とりあえず後ろめたいので目を逸らしてみる。

「前に約束しましたよね?祭が終わったらお説教を受ける、と」
「あー…うん、約束はしたけれど…何もこのタイミングで」

お説教しなくても良いんじゃないだろうかと言おうとして、笑顔に阻まれる。

「聖下が黒耀様と祭を楽しまれている間に、私は会場の見回りをしていたのですが」

何故か屋台の店主が揃って聖下にうちのお菓子を持っていってくださいと言ってくるんですよねと李陵に言われ、冷や汗がだらだらと流れ始める。

「まさかあれだけ忙しそうにしていた準備期間中に抜け出すとは思っていませんでしたよ」
「いや、抜け出したのは悪かったと思うけどさ、その、疲れた時には糖分って必要って言うだろ」
「聖下、お話をされる時はきちんと目を見て仰ってくださいね。1度や2度くらいなら大目にみようと思ったのですが、かなり抜け出していたようですね?九龍とラ・ファエルから聞きましたよ」

裏切ったなと2人の方を見ると、わざとらしく良い天気だにゃーとか、いやーこのクッキー美味いわーとか聞こえてくる。
別に2人が率先して李陵に告げ口したとは思ってないけれど、それでも一緒に抜け出した戦友を見捨てるなんてと考えていたら

「九龍とラ・ファエルには既にたーーーっぷりとお説教してあります。あとは聖下だけですよ」
「いや、でももうちょっと待ってくれても…」
「いーえ。もうこれ以上は待てません。約束は祭が終わるまでですから。今まで厳しくしてきたつもりでしたが、どうやら甘かったようですね」
「李陵、ちょ、待ってくれ!話せばわかる。って言うか今でも充分に厳しいと思うんだけど!うわっ、李陵、待て、あと少しで良いから…」

何処にそんな力があったのか、叫ぶアリスを李陵が笑顔で引きずっていく。
このあと、数時間経っても戻らないアリスを見かねて、黒耀たちが城に行くまで李陵の説教は続いたらしい―――。